2012年5月24日木曜日

活動の中でずっと軸にしてきた言葉。


Go to the people,

Live among them,

Learn from them,

Love them.

Start with what they know,

Built on what they have;


But of the best leaders,

When their task is accomplished,

Their work done,

The people all remark:

WE HAVE DONE IT OURSELVES.

-Yen Yang Chu(1893-1990)



人々のところに行きなさい

ともに暮らしなさい

そして学び

愛する

みんなが知っていることから始めなさい

みんなが持っているもののうえにこそ

新しいものをうちたてられる



やるべきことが全て終わり、

仕事がなしとげられたとき、

「これは自分たちでやったんだ」とみんなが言えたなら

そこにいたあなたはよいリーダーだったかもしれない



私はいいボランティアとして、この詩のようなリーダーとして活動できたのかしら?

少なからずとも、最後は、みんなと一緒に、みんながいいと思えるように活動できたかもしれない。

2012年5月6日日曜日

残りわずか

このブログに書き込むのもかなり間があいちゃいました。
きっとこのまま書かずに帰国して消滅しちゃうのかしら・・・と思ってたけれど、
残りわずかなネパールの日々をつづる為にもちゃんと利用していきたいと思います。
「読んでるのに、ぜんぜん書いてないじゃん」とも言われちゃったしー

そう、私のネパールで住める残りの日々もあと1ヶ月と10日ほど。帰国間近。
最近では「プスパなんかネパールに来なきゃよかったのに、こんなに仲良くなってからどうやっておわかれするのさ」と配属先の仲間もさびしがってくれてます。

配属先に赴任してから22ヶ月間、地域で協力して活動をしていくことを提案し続けてきました。
というのも、私の配属先である地域学習センター(Community Learning Center: CLC)は、「地域」という名がついていながら、あまり地域に根付いておらず、活動は教育省からおりてくるプログラムをこなす受身体制。
さらに、現在は、郡内に新しいCLCがいくつも設立され、 一つのCLCが獲られる教育省のプログラムも必然的に少なくなってきています。
このままでは、配属先の活動が縮小されてしまう。そんな不安があったためです。

そんなここんなで、今まで、スタッフミーティングや、勉強会を開いて地域で協力して活動する重要さを伝えてきました。だんだんとみんなも理解してくれるようになってきてますよ♪

そして、今回、私の活動の最後のうったえとして、モデルCLCの視察を行いました。
カトマンズのPharpingにあるShikharapurCLC。このCLCは地域の団体、住民と協力して活動し、すごく発展することができたCLC。ネパールで一番優良なCLCとして賞をとるくらいすごいCLC。

視察ではShikharapurCLCの運営する女性向け学校、地域で運営する畑、ボトルハウス(農業研修で使うための部屋、エコもうったえている)などを見学し、CLCの運営についてディスカッションしました。
「どうやって地域の他団体とコーディネーションしているのか」「資金をどうやってやりくりしているか」など質問があがり私の配属先もモデルCLCに興味しんしんでした。

「いろんな良いアイディアを獲ることができて、今までこんなにうれしかった日はないわ」とカウンターパートも大喜び。

ただ、「もっと早くつれてきてほしかった、プスパはもう帰ってしまうから、ここで獲たアイディアから一緒に活動できないじゃない」と言われたのはちょっと、うー・・・という感じでした。

なにはともあれ、この視察で配属先のみんなが喜んでくれたことがうれしかったです。
ここで獲られたものが配属先にいい影響を与えますように。

 残り1ヵ月半はちゃんとブログ更新していきますね~

2011年8月14日日曜日

緑の腕輪な季節


今月はネパールビクラム暦サウン月(今さらですが、ネパールには独自の暦があります)


この月、ネパール女子たちはなんだかそわそわ(な気がする)

去年の8月の日記でも書いたように、ネパールの女性たちは、この月、旦那さんor未来の旦那さんの健康&繁栄を願って、緑の腕輪を身につけます。


私もカウンターパート(24歳仲良し女子)と一緒に、バザールで腕輪を買って、今月はずっと身につけてます。


↓こんなかんじで、濃い緑色のものがいいんだとか


そして、今年、新たにわかったのが、この月はヘナで手に模様を描く風習があるということ。


ヘナというのは、髪の毛を染めるためによく使う染料です。


それを、ケーキのクリーム絞りみたいにして、手に模様を描いていきます。


要は、ヘナで模様を手に染めるってこと。


↓こんなかんじ


そしてそして、この染めた模様が長く残っていると、将来、旦那さんに末永く愛されるそう❤



なのですが・・・私のは、一週間ほどで全部消えちゃった(2週間くらいもつらしいのに・・・)


どうして、私の未来のだんな様orz


悔しいのでもう一回トライ↓



今度は長く残るといいなー

2011年7月14日木曜日

一年たって・・・

長いことご無沙汰していました。私は相変わらず元気です。

ネパールに来てから、あっというまに、一年がすぎていました。

一年たって、

あごまでだった髪の毛は鎖骨下15センチになって、

肌は日焼けですっかり黒くなって、

毎日サンダルだからかかとは乾燥してガサガサになって、

はじめくだしまくってたお腹もまったくくだすこともなくなって、

フンチャ(わかりました、はい)の首をかしげるジェスチャーはすっかりからだに染みついて、

日本では絶対無理だったゴキブリも冷静に処理できるようになって、

ペットボトルの水は口をつけずに飲めるようになって(ネパールではつばがけがれだから回し飲みするときは口をつけない)、

「チャイニーズ」「コリア」と言われて「違う!(怒)」と思っていたのも「おしいなぁ」と思えるようになって、

はいはいしかできなかった赤ちゃんはとっとこ歩いて「ディディ(お姉ちゃん)」と手を振れるようになって、

バザールを歩けば「プスパー」「プスパーディディ」「ご飯食べた?」「今日はどこ行くの?」色んな人に声をかけてもらって、

そんな変化がありました。

10番目の変化が一番うれしいな。

最近、一年たって、ちょっと気が抜けてたせいか、疲れてたせいか、立て続けにミスして、↓ってなって「一年で何ができたのかしら?」ってなんだか自分にイライラすることもあるけど、

チネコ(知り合い)社会のこのネパールでたくさんのチネコができたのは、活動の基盤作りとして自信をもってもいいのかも。

さぁさぁ、あと一年頑張っていきますか。

2011年2月7日月曜日

日本に行きたい

「日本に行きたい。だから、日本に帰る時に一緒に、連れて行ってくれるか。」

任地に来てから何度も言われたこの質問。

ネパールでは外国へ出稼ぎに行く人がかなり多い(私の周りのネパール女性たちも、だんなさんが出稼ぎで海外にいる率はかなーり高い)。だから、先進国である日本に行って働きたいという人もたくさんいて、いろんな人に「日本に連れて行ってくれ」と言われます。

もちろん、連れて行くことはできないので、こんな質問をされて、最初は困っていたのですが、

最近は

「すっごく小さくなれたら、かばんにこっそりいれて、連れて行ってあげるよ。でも、なれないでしょ?」

と冗談交じりに「できません」をアピールして返すようにしています。


けれど、今日出会った「日本に行きたい」人は、なかなかしつこかった。

彼は結婚適齢期のネパール人男性。両親も彼の結婚相手を探している最中だそう。

そんな彼に言われたのが「日本人の女の子を紹介してくれ」。

「へー、そんなに日本人の女の子がタイプなの?」と聞くと。

「日本人と結婚して日本のシティズンシップを得て、日本で働きたい」とのこと。

「えー、無理だよ。そもそも、そんな理由の人に、紹介なんてできないよ。じゃあ、2度、3度結婚してて、子どもがいる女性とかでもいいの?」と言うと。

「日本人の女性ならだれでもいい。頑張るから。」

頑張るって・・・・うーん、結婚ってそういうものかしら?と考えていると、

「プスパはどうなんだ。結婚する気はないか?」と私に聞いてきた!?

「無理だよ!日本にボーイフレンドいるし!!」とすぐさま断ると、

「じゃあ、君の妹はどうなんだ?」と聞いてくる↓

最後の最後は「ビザだけでも用意してもらえないか?」と聞かれて「それもできない」と言うと、「君はハート(心)がないのか。冷たいやつだ。」と言われる始末。

よくよく彼の話を聞くと、日本に行って、日本がどうやって発展したかを学んで、ネパールに還元したいとのこと。

その考えには納得できるけど、でも、結婚を手段として使うのは納得できないなぁ。

この一連のやりとり。普通のネパール人の話す会話のペースで行ったので、この後かなーり疲れて、しばらくだんまりでした。

まだまだネパール語は難しい・・・

けれど、最近、不平・不満・主張(買い物しててぼられた時とかetc…)とかは、すぐに出るようになってきた。それもどうなんだろう・・・

2011年2月2日水曜日

鼻ピアス

今日、オフィスへ行くと、オフィスのディディ(お姉さん)が娘を連れてきていました。

「ひさしぶりー、どうしたの?」と娘ちゃんに聞くと、

「今日は学校が試験休みなんだ。それで、これからフリをつけに行くの」と返答。

フリとは何かというと・・・

ネパール人の女性がつけている鼻ピアスのこと。

ネパールの女性ならばだれもが鼻ピアスをしていて(民族によってつけない人もいるけど)、

それも小さい子どものころからもうつけてます。(耳のピアスは1歳にならない赤ちゃんももつけてる)。

ディディの娘ちゃんは、今、15歳。

小さいころにピアスをつけられることを考えると、なぜつけてないの??っていうお歳。

聞いたところによると、小さいころにつけたはつけたものの、自分でとっちゃって、そのまま穴もふさがって、今にいたるとのことでした。

そして、今回、鼻ピアスをつけることになったということみたいなのですが・・・

何だか、鼻にピアスの穴開けるって痛そうですよね。耳なんかよりも断然肉厚だし。

私も、何度も現地の人に「プスパも鼻ピアスつけなよ~。完璧なネパール人になれるよ~」と誘われるものの、「痛そうだし、こわいから無理!!」と断り続けてます。

で、娘ちゃんもやっぱりこわかったみたいで、いざ、ピアスつけるぞ!って時に、泣き始めてしまいました。

それでも、ディディにおさえられながら、頑張って(でも泣きながら)、痛さに耐えて何とか、鼻ピアスを開けることに成功しました。

これで、りっぱなネパール女性!

私も鼻ピアス開けようかな~。う~ん、でも怖いからやめよう。

2011年1月23日日曜日

休日

ネパールは土曜日のみが休みの週休一日制。

もう慣れましたが、日本の週休二日制に慣れきっていた私にとって、最初はちょっと大変でした。

最近では土曜日にミーティングがあったり、巡回をしたりと、ちゃんとした休日がなかったのですが、

今日は、何の予定もなく、久しぶりに休日らしい休日をすごせました。

で、そんな休日をどのようにすごしたのかというと。

前から作ろう作ろうと考えていた、おやきを作りました。

以前、隊員仲間がベーグルを手作りしているのを見て、自分でもパンを作りたいと思ってて、

けれど、電子レンジもオーブンもないし(そもそもあんまり電気がないのですが・・・)

と、行き着いた先が、フライパンで作れるおやきでした。

今日は初めて作ったものの、なかなかの上出来☆




そうそう、私の出身地群馬には、パンに甘い味噌をはさんだ、味噌パンというものがあるのですが。



そこからインスピレーションを得て、味噌ダレ作って、一緒に食べてみたり。



ネパール人の友人や大家さんからも好評でした。

明日は、オフィスに持っていってみよう。

そうだ、蜂蜜と食べてもおいしいかも。今度、養蜂グループを巡回する時にも、持っていってみよう。

2011年1月21日金曜日

ごぶさたです

かなーーーーーーーーーーり久しぶりのブログ更新となります。

長いことブログを放置してしまっていましたが、稲刈りを手伝ったり(それがなぜか全国紙の記事になっちゃったり)、足を捻挫したり(足が商売道具なのに・・・あ、ずいぶん前の話です)、祈祷されたり(捻挫がよくなるように)などなど、いろいろありました。基本的にはカレーを食べて、山を歩いて、元気にネパール生活を送っていました。

乾季のネパールでは、だんだんと停電時間が長くなり、私の任地では、今、日に12時間停電となります。

今日の停電の予定は昼間11時~17時と夜23時~5時。

こんなふうに、毎日、何時に停電になるかスケジュールが決められています。

電気が来ると「バッティ アヨ~!!(電気がきた~)」といたるところから声が聞こえ、

なぜかその場で、お祈りのしぐさをする人もいます。

そんな、電気のない暗い夜にたよりになるのは、ヘッドライトとキャンドル!!


ヘッドライトはトレッキング用に買ったのですが、夜トイレに行く時とか、夕飯の後に食器を洗いに行く時(キッチンの水場が家の外の共同の水道なので)とか、両手があくのでかなーり重宝!

そして、キャンドルは、もう、消費量が半端ないくらい使ってます。

この間インターネットでキャンドルの広告があったけど、

私ほど本気でキャンドル生活している日本人はそうそういないでしょう。

そんなこんなで、まだまだ長い長い停電生活は続きます。一日に最大16~18時間するそうな!!

2010年10月25日月曜日

キッチン

任地での一人暮らし(といってもほぼホームステイなんですけど・・・)を始めてから3ヶ月。

やっと自分のキッチンが完成し、昨日から自分でごはんを作るようになりました。

今までずっと大家さんにごはんを作ってもらって、一緒に食べていたのですが・・・

カレー大好きっこの私でも、さすがに毎食、毎食カレーはつらくなってきたり、

大家さんが請求する食事代が予想外に高かったり、

などなど、いろいろあって、大家さんが新しく建てた家屋の一室をキッチンとして使わせてもらうことになりました。

当初、まだまだ建設途中だった家屋。「あと一週間で部屋できるから♪」と言われて、待つこと2ヶ月。ネパールではネパールタイムで物事は進むことを改めて実感。

ちなみに、この新しい部屋の隣人はインド人一家(仕事のためにネパールに来ているのだそう)。

私がごはんを作っている時も、興味津々らしく、見に来て、そんなこんなで、ずーっと雑談しながら調理してます。

おいしいインドの料理もおすそ分けしてもらったりして。

なかなか楽しいキッチンになりそうです。

もともと借りていた部屋と別の家屋なので移動がめんどうだったり、キッチンの部屋に水場がないので、食器を洗ったり、水を汲むのに家屋の外の水道まで行かなければならないと気になることはあるけれども・・・

やっと手に入れた私だけのキッチン。

大切に使いたいです。

2010年10月23日土曜日

ダサイン&トレッキング

先週半ばから一週間、ネパールでは一年の中で一番のイベントであるダサインのお祝いで、盛り上がってました。

何ていうか、日本の年末みたいなかんじです?ダサインをむかえるのに、お掃除するし。親戚が集まって、宴会するし。おいしいもの食べるし(1家で1頭ヤギをカットします)。凧揚げするし。

そんなこんなで、国民の祝日が一週間続き、私も仕事が休みになるので協力隊仲間とポカラ方面へトレッキングに行ってきました。

目指すはPoon Hill(3210m)からの日の出と、タトパニでの温泉(ネパールに来る時に経由したタイのホテルぶりに湯につかれる~)!!

4泊5日の日程で行ったトレッキングでしたが、幸い天候にもめぐまれ、たっぷりとヒマラヤを見ることができました!!もう、お腹一杯!

トレッキング中はポーターさんに重い荷物(寝袋、着替え等等)を運んでもらったのですが、遠足ぐらいの荷物でもかなーりしんどい山道を、2人、3人分の荷物をしょってトットコトットコ進んでいてすごかったです。ダサインなのにお仕事してくれて本当にありがとう!!最後の夜、一緒に歌って、踊ってすごせて楽しかったよ!!

トレッキング中で一番よかったなぁと思ったことは、やっぱりネパール語が話せるということ。道ですれ違う現地の人に「ダサイン スバカーマナ(ダサインおめでとう)」と言ったり、家の前で遊んでいる子どもに話しかけたり、宿のお姉さんとお話したり、5日間一緒に旅したポーターさんともたくさん話したし。

今はシーズンで海外から本当にたくさんのツーリストがトレッキングに来ているけど、そのツーリストたちの何倍も楽しめてるんだろうなって思ってみたり。何だか得した気分でした。(ネパール語話せなきゃ仕事できないんだけどね・・・)

さてさて、そんなたくさんの思い出を抱えて、トレッキングを終えて家に帰ると、「やっと娘が帰ってきた~」と大家さんが大歓迎!私のためにダサインのヤギの肉もとっておいてくれて。「あぁ、家だ~」「帰ってきた~」となんだか妙に実感しちゃってね。こんな風に任地が好きになっていくんだろうな。

2010年10月1日金曜日

羊ちゃん

このあいだ、羊の毛がほしかったんですよ。

というのも、こないだカトマンズに上がったときに、テキスタイルデザインのシニアボランティアの方からフエルトの作り方を教えてもらって。

何か、周りの人に興味を持ってもらえるかもしれないし、楽しいからやってみようと思いまして。

でも、ここはカトマンズから180キロ離れた場所・・・

問屋さんがあるカトマンズとは違い、羊の毛をどこから調達するか・・・から考えなければならないなぁ。やるからには、この辺で手に入るといいんだけど。う~ん。

と、思って、私の目にとまったのは、オフィスのむかいのお肉屋さんの店先につながれた一匹の羊ちゃん。

そうだ、この子がお肉にされる時に、毛を使いたいから、売ってくれって頼めばいいんだ!

なかなかいいアイディア☆

そのあと、オフィスのお使いで同僚と銀行へ行く時に、何気なく、この辺で羊の毛は手に入るかと聞いたら。

「うん、買えるよ」と、あっさり回答。

よくよく話を聞くと、チベタン(チベットキャンプが近くにあるんです)の人が羊の毛を、人にたくして、毛糸にしてもらって、その仕事賃を渡すという(要は内職ですね)ことをしていて、そこに行けば羊の毛も買えるとのことでした。

なんだ~、手に入るんだ。私は、お肉屋さんで、どうやって、きれいに毛を刈ってくれって交渉しようか考え始めてたよ。とさっきの“なかなかいいアイディア”を話すと、大爆笑されました。

自分ではいいアイディアだと思ったんだけどな。

そんなこんなで、無事に羊の毛を手に入れることができました。

フェルト作るぞ~!といっても、これから先、フィールド巡回の予定が立て続けで、ちょっと先になるかも~・・・・

2010年9月27日月曜日

ねずみ事件

ねずみにかまれました。

どこでって、近所のインターネットカフェです。

なんかガサゴソ音がするなぁっと思ったら、指をガブっとかむ何かが!?

「何!!??」

と思って見ると、そこにはねずみがいました。

「なんだ~、ねずみかよ~。」っと思って、気にせずに、私はのんきにそのまま普通にインターネットをしてお家に帰ったんですが・・・

それを、同期に笑い話として電話で話したら「それは狂犬病と同じ扱いになるから、JICAに言わなければ!」

と何やら大げさに。

それでJICAに伝えたら「注射をするので24時間以内にカトマンズにあがってきてください」

とさらに何だか大ごとに。

そんなこんなで、カトマンズにあがってきました。全然大丈夫です。もう、今日2回目の注射を打って、任地へもどります。

何で、ねずみかんだんろう・・・右手かまれたんだけど、PCのマウスいじってたからかな。ねずみなだけに。

2010年9月3日金曜日

いつのまにかセプテンバー

いつのまにかセプテンバー。ネパールに来てから2ヶ月、仕事が始まってから1ヶ月がたちました。

最近は、仕事で日焼けもひどくなってきたからか、私の顔がグルン族(多民族国家ネパールの一民族)に似てるからか、クルタスルワール(ネパールの民族衣装)を着て、ネパール語を話さなければ(まだまだ片言のネパール語なんで)、ネパール人に間違えられるまでになりました。

自分でも「マ ジャパンマ ジャンメコ ネパーリー ホ(私は日本で生まれたネパール人です)」「だからネパール語下手なんだ」と冗談を行ってみたり。


さてさて、任地に配属されて1ヶ月が過ぎ、職場の仲間ともだんだんとうちとけられてきました。

先月のある日のこと・・・・

「プスパー腕を出して」

オフィスで一緒に働いているお姉さんと女の子に言われて腕を出すと

緑の腕輪をつけてくれました。

あきらかにサイズが小さいのに、半ば無理やりに、「痛い?」と聞きながらもぐいぐいとね。

「何でこの腕輪つけてくれたの?」と聞くと

耳元で「この月は緑色の腕輪を身につけると、だんなさんやボーイフレンドが、元気でいますように、良い生活がおくれますようにって意味があるのよ」(たぶんこういう意味だった気がする・・・)とクスクス笑いながら教えてくれました。

結婚してなくても、ボーイフレンドがいなくても、緑色の腕輪をつけてる女の子たくさんいるけれども。

女子がこういうガールズトークを好きなのは万国共通なのね~と思いました。

とりあえず、それ以来、行くところ、行くところでこの腕輪についてつっこまれ続けました。

こんなかんじで、職場ではなんだかかわいがってもらってます。

いいかんじにコミュニケーションがとれてきているはず。。。

2010年8月14日土曜日

仕事始め

カトマンズでの一ヶ月の生活も終え、先週から任地での仕事がスタートしました。

私の任地はタナフン郡のドゥレガウラというところで、カトマンズからポカラへ行くハイウェイ沿いにあります。

ネパールのリゾート都市であるポカラへは家から約一時間。

晴れれば、家の屋上から、ヒマラヤの絶景が見えます。

家もオフィスもハイウェイ沿いなので、ポカラへ観光に行く外国人を乗せたバスをよく見かけるのですが・・・

家がナイスビューポイントなのか、たまにツーリストが景色を見にやって来たり。

こないだも、フランス人が来てたみたい。

そして、今はそのポカラに来て、買い物ついでにネットをしてます。

さてさて、今日の買い物の目的は「じょうぶなサンダル」!

仕事でガウン(村)を巡回するんですが、なかなかの山の上で。行くまでがトレッキングみたいな。

こないだクロックスで行ったら、すべってすべって、同僚に心配されまくったので、

すべらない!じょうぶな!歩きやすい!サンダルを探します。(運動靴も持ってきてるけど、ネパール人みんなサンダルなんで)

仕事は、うーん・・・・・まだわからないことばかり。

だけど、周りの人(同僚、地域の人、ホストファミリー)と協力して、だんだんとつかめていけたらいいな。

2010年7月7日水曜日

ドミトリー

一ヶ月のカトマンズ滞在中は、同期JOCVたちと一緒にドミトリーで共同生活をします。

なんとこの22年度1次隊は今までで最高の人数でSVも合わせると22人の同期がいます。

JOCVだけでも14人・・・大家族並みの人数で一つ屋根の下、共同生活をしています☆

そして、私の部屋には他に4人のルームメイトが☆同期の中でもなかなかの自由人たちが集まったんだよね(笑)


さてさて、ドミトリーでは月・水・金の夜にみんなで自炊をしてご飯を食べることにしました。関東、関西(中部も)、九州(沖縄と中国地方も)に分かれて食事当番もちゃんと決めて☆

今日のごはんは関西組みの作った肉じゃがと、オクラの胡麻和えと、味噌汁☆おいしくいただきました。



やっぱり、米としょうゆと、味噌の味はおちつくよね☆(あ、米もしょうゆも味噌もネパールで入手しました!)

そうそう、あと、今日は停電を身にしみて経験・・・。ネパールは電気が安定しなくて、計画的に時間が決められて停電があるんです。この地域は○時~○時が停電みたいな。

今までは、昼間外で停電にあったり、夜でもドミトリーのソーラーパネルのおかげで電気が使えて、あまり停電の実感がなかったけど、今日の夜はドミトリーの電気がなぜだかつかなくなってしまいました。

だから、灯りがなくて真っ暗・・・・・

懐中電灯やらろうそくやらで灯りをつけました。

そんな中でもろうそくの灯りで宿題をする同期のディディ(お姉さん)たち。蛍の光までタイミングよく聞こえてきたり(調度、三線を練習中の隊員がいたので)



やっぱり。誰かと一緒に生活すると楽しいです。

思えば大学時代の一人暮らしから、KAPIC(技術保管研修)、実家暮らし、KTCと2月からずっと誰かと生活してきたっけ・・・これから一人暮らしになったらちょっとさびしいな。

2010年7月4日日曜日

くだり気味

ネパールに来てから14日くらい。旅行ならばそろそろ帰るころ・・・

とうとう体調を崩しました↓↓

熱が出たり、お腹痛くなったり、下したり、おとといは一日語学訓練をおやすみしました。

ドミトリーのお掃除とかしてくれるディディ(お姉さん)がおじやを作ってくれたり。

やさしい。。。。



まぁ、そんなこんなで、一日中寝て、復活しました☆
(まだ、お腹はくだり気味だけど・・・・・・・・・)

だんだん体も慣れてくるでしょう。

2010年6月30日水曜日

遠足

ナマステ~

今は毎日ネパール語の勉強をしているところ。

日本での語学訓練では、日本語を理解できる先生からネパール語を教えてもらってけど、

ここではネパール語でネパール語を教えてもらってます(どうしてもわからないところは英語も使いながら)。

プレゼンテーションや、インタビューなど日本の語学訓練よりも、自分の意見をネパール語で表現する授業が多いので中々大変。

さてさてそんな語学学習の日々ですが、この間はいつもの教室を飛び出して、先生たちとカトマンズへおでかけしました☆

カトマンズにある世界遺産の仏塔やお寺を紹介してもらったり、それぞれの任地へ行くときのバスの乗り方を
教えてもらったり、もりだくさんな一日でした☆

そうそう、大学の授業(比較文化序説)で、出てきたクマリの家にも行きました☆

写真たち↓




2010年6月28日月曜日

ネパールに着きました

21日に日本を出発して、タイを経由し、22日にネパールに着きました☆

JOCVに応募してから、約一年・・・・やっとJOCVデビューできました。

今は、カトマンズのJICAオフィス近くにあるドミトリーに滞在しています。これから一ヶ月、カトマンズで語学の勉強です☆
暑いけど、カレーを食べてがんばるぞ~~

こっちでの生活を、とりあえず写真で紹介します↓

2010年5月13日木曜日

नमस्ते


ブログを始めました☆