2011年7月14日木曜日

一年たって・・・

長いことご無沙汰していました。私は相変わらず元気です。

ネパールに来てから、あっというまに、一年がすぎていました。

一年たって、

あごまでだった髪の毛は鎖骨下15センチになって、

肌は日焼けですっかり黒くなって、

毎日サンダルだからかかとは乾燥してガサガサになって、

はじめくだしまくってたお腹もまったくくだすこともなくなって、

フンチャ(わかりました、はい)の首をかしげるジェスチャーはすっかりからだに染みついて、

日本では絶対無理だったゴキブリも冷静に処理できるようになって、

ペットボトルの水は口をつけずに飲めるようになって(ネパールではつばがけがれだから回し飲みするときは口をつけない)、

「チャイニーズ」「コリア」と言われて「違う!(怒)」と思っていたのも「おしいなぁ」と思えるようになって、

はいはいしかできなかった赤ちゃんはとっとこ歩いて「ディディ(お姉ちゃん)」と手を振れるようになって、

バザールを歩けば「プスパー」「プスパーディディ」「ご飯食べた?」「今日はどこ行くの?」色んな人に声をかけてもらって、

そんな変化がありました。

10番目の変化が一番うれしいな。

最近、一年たって、ちょっと気が抜けてたせいか、疲れてたせいか、立て続けにミスして、↓ってなって「一年で何ができたのかしら?」ってなんだか自分にイライラすることもあるけど、

チネコ(知り合い)社会のこのネパールでたくさんのチネコができたのは、活動の基盤作りとして自信をもってもいいのかも。

さぁさぁ、あと一年頑張っていきますか。

2011年2月7日月曜日

日本に行きたい

「日本に行きたい。だから、日本に帰る時に一緒に、連れて行ってくれるか。」

任地に来てから何度も言われたこの質問。

ネパールでは外国へ出稼ぎに行く人がかなり多い(私の周りのネパール女性たちも、だんなさんが出稼ぎで海外にいる率はかなーり高い)。だから、先進国である日本に行って働きたいという人もたくさんいて、いろんな人に「日本に連れて行ってくれ」と言われます。

もちろん、連れて行くことはできないので、こんな質問をされて、最初は困っていたのですが、

最近は

「すっごく小さくなれたら、かばんにこっそりいれて、連れて行ってあげるよ。でも、なれないでしょ?」

と冗談交じりに「できません」をアピールして返すようにしています。


けれど、今日出会った「日本に行きたい」人は、なかなかしつこかった。

彼は結婚適齢期のネパール人男性。両親も彼の結婚相手を探している最中だそう。

そんな彼に言われたのが「日本人の女の子を紹介してくれ」。

「へー、そんなに日本人の女の子がタイプなの?」と聞くと。

「日本人と結婚して日本のシティズンシップを得て、日本で働きたい」とのこと。

「えー、無理だよ。そもそも、そんな理由の人に、紹介なんてできないよ。じゃあ、2度、3度結婚してて、子どもがいる女性とかでもいいの?」と言うと。

「日本人の女性ならだれでもいい。頑張るから。」

頑張るって・・・・うーん、結婚ってそういうものかしら?と考えていると、

「プスパはどうなんだ。結婚する気はないか?」と私に聞いてきた!?

「無理だよ!日本にボーイフレンドいるし!!」とすぐさま断ると、

「じゃあ、君の妹はどうなんだ?」と聞いてくる↓

最後の最後は「ビザだけでも用意してもらえないか?」と聞かれて「それもできない」と言うと、「君はハート(心)がないのか。冷たいやつだ。」と言われる始末。

よくよく彼の話を聞くと、日本に行って、日本がどうやって発展したかを学んで、ネパールに還元したいとのこと。

その考えには納得できるけど、でも、結婚を手段として使うのは納得できないなぁ。

この一連のやりとり。普通のネパール人の話す会話のペースで行ったので、この後かなーり疲れて、しばらくだんまりでした。

まだまだネパール語は難しい・・・

けれど、最近、不平・不満・主張(買い物しててぼられた時とかetc…)とかは、すぐに出るようになってきた。それもどうなんだろう・・・

2011年2月2日水曜日

鼻ピアス

今日、オフィスへ行くと、オフィスのディディ(お姉さん)が娘を連れてきていました。

「ひさしぶりー、どうしたの?」と娘ちゃんに聞くと、

「今日は学校が試験休みなんだ。それで、これからフリをつけに行くの」と返答。

フリとは何かというと・・・

ネパール人の女性がつけている鼻ピアスのこと。

ネパールの女性ならばだれもが鼻ピアスをしていて(民族によってつけない人もいるけど)、

それも小さい子どものころからもうつけてます。(耳のピアスは1歳にならない赤ちゃんももつけてる)。

ディディの娘ちゃんは、今、15歳。

小さいころにピアスをつけられることを考えると、なぜつけてないの??っていうお歳。

聞いたところによると、小さいころにつけたはつけたものの、自分でとっちゃって、そのまま穴もふさがって、今にいたるとのことでした。

そして、今回、鼻ピアスをつけることになったということみたいなのですが・・・

何だか、鼻にピアスの穴開けるって痛そうですよね。耳なんかよりも断然肉厚だし。

私も、何度も現地の人に「プスパも鼻ピアスつけなよ~。完璧なネパール人になれるよ~」と誘われるものの、「痛そうだし、こわいから無理!!」と断り続けてます。

で、娘ちゃんもやっぱりこわかったみたいで、いざ、ピアスつけるぞ!って時に、泣き始めてしまいました。

それでも、ディディにおさえられながら、頑張って(でも泣きながら)、痛さに耐えて何とか、鼻ピアスを開けることに成功しました。

これで、りっぱなネパール女性!

私も鼻ピアス開けようかな~。う~ん、でも怖いからやめよう。

2011年1月23日日曜日

休日

ネパールは土曜日のみが休みの週休一日制。

もう慣れましたが、日本の週休二日制に慣れきっていた私にとって、最初はちょっと大変でした。

最近では土曜日にミーティングがあったり、巡回をしたりと、ちゃんとした休日がなかったのですが、

今日は、何の予定もなく、久しぶりに休日らしい休日をすごせました。

で、そんな休日をどのようにすごしたのかというと。

前から作ろう作ろうと考えていた、おやきを作りました。

以前、隊員仲間がベーグルを手作りしているのを見て、自分でもパンを作りたいと思ってて、

けれど、電子レンジもオーブンもないし(そもそもあんまり電気がないのですが・・・)

と、行き着いた先が、フライパンで作れるおやきでした。

今日は初めて作ったものの、なかなかの上出来☆




そうそう、私の出身地群馬には、パンに甘い味噌をはさんだ、味噌パンというものがあるのですが。



そこからインスピレーションを得て、味噌ダレ作って、一緒に食べてみたり。



ネパール人の友人や大家さんからも好評でした。

明日は、オフィスに持っていってみよう。

そうだ、蜂蜜と食べてもおいしいかも。今度、養蜂グループを巡回する時にも、持っていってみよう。

2011年1月21日金曜日

ごぶさたです

かなーーーーーーーーーーり久しぶりのブログ更新となります。

長いことブログを放置してしまっていましたが、稲刈りを手伝ったり(それがなぜか全国紙の記事になっちゃったり)、足を捻挫したり(足が商売道具なのに・・・あ、ずいぶん前の話です)、祈祷されたり(捻挫がよくなるように)などなど、いろいろありました。基本的にはカレーを食べて、山を歩いて、元気にネパール生活を送っていました。

乾季のネパールでは、だんだんと停電時間が長くなり、私の任地では、今、日に12時間停電となります。

今日の停電の予定は昼間11時~17時と夜23時~5時。

こんなふうに、毎日、何時に停電になるかスケジュールが決められています。

電気が来ると「バッティ アヨ~!!(電気がきた~)」といたるところから声が聞こえ、

なぜかその場で、お祈りのしぐさをする人もいます。

そんな、電気のない暗い夜にたよりになるのは、ヘッドライトとキャンドル!!


ヘッドライトはトレッキング用に買ったのですが、夜トイレに行く時とか、夕飯の後に食器を洗いに行く時(キッチンの水場が家の外の共同の水道なので)とか、両手があくのでかなーり重宝!

そして、キャンドルは、もう、消費量が半端ないくらい使ってます。

この間インターネットでキャンドルの広告があったけど、

私ほど本気でキャンドル生活している日本人はそうそういないでしょう。

そんなこんなで、まだまだ長い長い停電生活は続きます。一日に最大16~18時間するそうな!!

2010年10月25日月曜日

キッチン

任地での一人暮らし(といってもほぼホームステイなんですけど・・・)を始めてから3ヶ月。

やっと自分のキッチンが完成し、昨日から自分でごはんを作るようになりました。

今までずっと大家さんにごはんを作ってもらって、一緒に食べていたのですが・・・

カレー大好きっこの私でも、さすがに毎食、毎食カレーはつらくなってきたり、

大家さんが請求する食事代が予想外に高かったり、

などなど、いろいろあって、大家さんが新しく建てた家屋の一室をキッチンとして使わせてもらうことになりました。

当初、まだまだ建設途中だった家屋。「あと一週間で部屋できるから♪」と言われて、待つこと2ヶ月。ネパールではネパールタイムで物事は進むことを改めて実感。

ちなみに、この新しい部屋の隣人はインド人一家(仕事のためにネパールに来ているのだそう)。

私がごはんを作っている時も、興味津々らしく、見に来て、そんなこんなで、ずーっと雑談しながら調理してます。

おいしいインドの料理もおすそ分けしてもらったりして。

なかなか楽しいキッチンになりそうです。

もともと借りていた部屋と別の家屋なので移動がめんどうだったり、キッチンの部屋に水場がないので、食器を洗ったり、水を汲むのに家屋の外の水道まで行かなければならないと気になることはあるけれども・・・

やっと手に入れた私だけのキッチン。

大切に使いたいです。

2010年10月23日土曜日

ダサイン&トレッキング

先週半ばから一週間、ネパールでは一年の中で一番のイベントであるダサインのお祝いで、盛り上がってました。

何ていうか、日本の年末みたいなかんじです?ダサインをむかえるのに、お掃除するし。親戚が集まって、宴会するし。おいしいもの食べるし(1家で1頭ヤギをカットします)。凧揚げするし。

そんなこんなで、国民の祝日が一週間続き、私も仕事が休みになるので協力隊仲間とポカラ方面へトレッキングに行ってきました。

目指すはPoon Hill(3210m)からの日の出と、タトパニでの温泉(ネパールに来る時に経由したタイのホテルぶりに湯につかれる~)!!

4泊5日の日程で行ったトレッキングでしたが、幸い天候にもめぐまれ、たっぷりとヒマラヤを見ることができました!!もう、お腹一杯!

トレッキング中はポーターさんに重い荷物(寝袋、着替え等等)を運んでもらったのですが、遠足ぐらいの荷物でもかなーりしんどい山道を、2人、3人分の荷物をしょってトットコトットコ進んでいてすごかったです。ダサインなのにお仕事してくれて本当にありがとう!!最後の夜、一緒に歌って、踊ってすごせて楽しかったよ!!

トレッキング中で一番よかったなぁと思ったことは、やっぱりネパール語が話せるということ。道ですれ違う現地の人に「ダサイン スバカーマナ(ダサインおめでとう)」と言ったり、家の前で遊んでいる子どもに話しかけたり、宿のお姉さんとお話したり、5日間一緒に旅したポーターさんともたくさん話したし。

今はシーズンで海外から本当にたくさんのツーリストがトレッキングに来ているけど、そのツーリストたちの何倍も楽しめてるんだろうなって思ってみたり。何だか得した気分でした。(ネパール語話せなきゃ仕事できないんだけどね・・・)

さてさて、そんなたくさんの思い出を抱えて、トレッキングを終えて家に帰ると、「やっと娘が帰ってきた~」と大家さんが大歓迎!私のためにダサインのヤギの肉もとっておいてくれて。「あぁ、家だ~」「帰ってきた~」となんだか妙に実感しちゃってね。こんな風に任地が好きになっていくんだろうな。